

私が作りました。思い入れキーホルダー。
種名: マンタ (沖縄方言)
オニイトマキエイ(エイ目イトマキエイ科)
マンタは、全世界の熱帯から亜熱帯の海域に広く
分布しています。ほとんどのエイが浅海性で底生魚
であるのに対して、マンタは表層域に住んでいます。
性質はおとなしく動物性プラクトンを捕食していて
卵胎性です。
種名:トービーラー (沖縄方言)
なんてことはない。私はただのゴキブリです。
那覇に住んでいます。気温30度ぐらいになると
とびたくなります。夏はご用心。
愛称:ダイバー君
出身地:火星 1号、2号、3号
沖縄の海に魅せられ、沖縄に移住して5年がたった。
特に座間味の海は地球の中でも5本の指に入るほど
美しいといっている。
PADIのアドバンスの免許を取ったばかりで
もっともっとダイビングする予定だ。
当分は、火星に帰る予定はない。
沖縄の基地周辺の一部地域は、テレビの6チャンネルに
あわせると、アメリカの番組みられる。もちろん無料だよ。
昨日の午後8時頃、たまたま6チャンネルをみていると
アメリカの人気番組「HEROS」が放映されていた。
他のドラマは、英語があまりわからなくても、大体は、ストーリーの流れから
理解できるが、この「HEROS」は、ストーリーの展開が速く、全く
意味がわからなかった。
ある場面で、日本の武士の格好したアメリカ人が日本語を話していた。
あまりにも、たどたどしい日本語におもわず笑ってしまった。
ストーリーの流れがある程度わかれば、面白そうだ。DVDでも借りてこよう。

沖縄そばの店はとても多く、その中でも私のイチ押しの
お店は、「きしもと食堂」のソーキそば。沖縄北部の本部にある。
はじめて食べた時の感動はわすれない。
今は、どうかわからないが、店を開いたばかりの
一番だしはとてもこくがあっておいしかった。

近所のおばさんからタンカンゼリーを頂きました。
はじめての食感。ほどよいすっぱさが特徴かな。
きなこの甘さとのバランスが絶妙だ。
デージマーサン(とてもおいしい)。
あまりにほめすぎかな。
作り方などは、おばさんから聞いて、後日、ブログに掲載します。
広島カープキャンプ地の沖縄市に広島風つけめん店があります。
行って来ました。
なんと 650円。写真参照。 ランチタイム。
辛さは、調整できます。
デージマーサン。(とてもおいしい。)


ハブとマングースーの決闘
ハブを駆除するために放ったマングースなのに
ハブとは共存している。
沖縄北部では、増えすぎて、農作物の被害があり
困っている。
愛称:さとうきびの介
種名: さとうきび
さとうきびは、日本では沖縄・奄美諸島に多く
栽培されています。四国にもわずかではありますが
三盆糖製造の為作られています。
一度も見たことのない人には、竹に思うかもしてません。
愛称:マリリンマンゴ
種名:マンゴー
ご存知のとおり、とても甘みのある
果物の王様とも言われています。
糖度は、平均14.2度。ぜひ、お試しください。
シークァーサーは、崖にも実る生命力の強い木です。
取り木といって一本の木から、何本も苗が取れます。
それを鉢に入れて、根づいたら、植えます。3年ぐらいで実がとれます。種からだと10年かかります。
沖縄の北部(名護市は含まず。)を山原と書いて「ヤンバル」と読みます。
原を「バル」と読むのは、沖縄独特の読み方だと思っていましたが
東国原もバルと読むし、佐賀県にも確か、中原駅を「ナカバル駅」と読んでいた。
また、最近、テレビを見ていて、山口県に南風泊という港があり、読み方を
「ハエトマリ」といい、南風を「ハエ」と読んでいた。
沖縄にも、「南風原」を「ハエバル」と読む地域があります。
読み方もいろいろあって面白い。
今日の午後1時開始。横浜ベイスターズとの練習試合。
広島カープの2本のホームランをみた。さずがプロの打球だ。
あっという間にスタンドイン。
3回裏の時点、3-0で広島カープが勝っていた。途中、仕事が
はいったので帰った。
23前の、私、20歳。私の友人の出来事を話します。
当時、沖縄には、プロ野球キャンプをしているのは、広島カープだけであった。
そこで、野球少年であった私たちは、広島カープの選手を観に、よく沖縄市民野球場に通った。
当時、高橋選手からサインをもらったりと、その時の感動を思い出す。
球場は、コザという街にあります。コザという街は、米軍基地などがあり、アメリカ軍人や関係者を
よくみかける。彼らは、とても大きいので、遠くからみてもすぐわかる。小さい私は、コンプレックスを
抱いた。アメリカ人であったら、もっと大きかったのにと思ったりもした。
ある日、トレーニング姿のグループが遠くから、こちらに歩いてきた。私は、「あっ、いつものアメリカーかあ」
と思っていると、そのグループが近くに来て、わかった。広島カープの選手たちであった。こんな大きな人たちが
日本人にもいたのかと、とても驚いた。 と同時に、ある種の誇りをも感じたのを思い出す。それだけ、広島カープが来た
ことは、沖縄にとっては、インパクトがあったのである。
さて、当時の衣笠選手のことである。私の友人が予備校の帰りに喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
すると、ドアーから、知り合い?のおじさん が入って来たとのこと。友人は、普通に、知り合いのように 一礼をして
「こんにちは」と言ったとのこと。そのおじさんも、「お、こんにちは」と答えたそうです。しかし、友人は、どこのおじさんだった
か思い出せずに、しっくりこないままに、漫画を読んでいた。今度は、マスコミっぽい人が入ってきたとのこと。そのおじさんの
そばに座ったとのこと。なにやら、彼らの会話が聞こえてくる。あれ、沖縄のなまりがないなあと思っていると、
「王さんはね。・・・」と聞える。「王さん?。。。あっ、キヌガサだ。」とやっと気づいたとのこと。
友人は、びっくりして、私に電話してきた。「キヌガサが、。。。」「色紙、色紙、持ってきてくれ。」
その状況を理解して、すぐに私は、色紙を持って、その喫茶店に急いだ。しかし、間に合わなかった。
残念。というお話。
大スターのサインをもらえなかったことは悔やまれる。私も野球少年だったので、
衣笠選手のバッティングフォームの連続写真を貼って、思いっきりのいいバッティングを目指したものだ。
当時は、それだけ、プロ野球選手を身近に見られることは、とても感動的なことだったんだということ。
沖縄でも公式戦をしたらいいのになあ。
謙虚な親しみやすい顔の大スター衣笠選手の話でした。そう言えば、なぜ、監督にならないのかなあ?
疑問。
では、また。
今日は、沖縄はあいにくの雨。久しぶりにキャンプを観にいった。
ラッキーだ。ビシッという球の音が聞こえた。
佐竹投手
斉藤投手
球場は、雨、雨、雨。 休み。